タダイマ


昨日と今日と泊まりで救護訓練に行ってきました。
暑かった、痛かった、痒かった、マジ切れした、
いろいろあった2日間でした。



前日。
あまりのやる気のなさに何もせず就寝。
当日。
起きる気になれなくて予定よりだいぶ遅めの起床。
準備を始めるも、
あるとおもっていた高校のときの体育館履きを
お母さんが捨てちゃったとかぬかすもんだから、さあ大変。
妹さまの中学のときの体育館履きがあったおかげで無事クリア。
なんか忘れてそうだけど分かんないから気にせず出発。
いつもよりゆっくり目の家出のため、
混みまくってる電車に大荷物で乗車。
やっぱりラッシュはイヤですね。
途中の駅でよっすぃと待ち合わせて向かった田舎町。
バスに揺られていると、次第に田んぼしかなくなっていきました。
到着したら休むまもなく訓練用の服に着替えて開校式。
そしてまた休むまもなく訓練開始でございます。




1日目はいろんなことの練習。
まずは無線の使い方を練習しました。
周波数がどうとか私語はダメとか、
そんな基礎的なことも含めて簡単な講義の後、いざ実践です。
「救護班、救護班、こちら本部。どうぞ」
と相手を呼び出した後に名乗ります。そしたら、
「本部、こちら救護班。どうぞ」
と聞いてるよってなことを呼び出してきた相手に伝えます。
そして
「救護班、こちら本部。・・・」
と、ここまで来てやっと用件を言えます。
すんごい面倒くさい。しかも他にも決まった言い方があって、
よっすぃと話してた例をあげてみると、
「マリオ、マリオ、こちらヨッシー。どうぞ」
ヨッシー、こちらマリオ。どうぞ」
「マリオ、こちらヨッシー。クッキーはあるか。どうぞ」
ヨッシー、こちらマリオ。クッキーは4枚ある。どうぞ」
「マリオ、こちらヨッシー。クッキーは4枚ある、でよろしいか。どうぞ」
ヨッシー、こちらマリオ。その通り。どうぞ」
「マリオ、こちらヨッシー。了解」
基本に忠実に行うとこんな感じなんです。
とてもまどろっこしい。
そんな基本的な使い方を覚えたら、
実際に状況を設定して練習です。
新潟で地震が起こって、
東京人が助っ人として新潟に向かっている設定です。
新潟人は東京人の物資内容とか人数とかを確認し、
東京人は新潟の被害状況や道路の状況などを確認します。
それを、
「よろしいか」とか「聞きとれない、繰り返せ」とか
「その通り」とか言いながら交信しました。
何が困ったって、私は新潟人の役だったのですが、
新潟の色んな市の名前が出てきたんですが、
けっこう読めない
地名って難しいから。
しかも交信相手はいいキャラしてるマキちゃんだったから、
なんか言い方が面白くて、
ツボはまっちゃって笑いが止まんなくなったりもしました。

とてものどかです



次は担架搬送の練習。
広げ方から持ち上げ方、歩き方、階段昇降とかを行いました。
超軽量のやすかちゃんを無理やり寝かせたので、とっても楽チン♪
無線に時間がかかったためか、
ここはあっさりと終わってしまいました。
そのあとはお昼。あんまし食欲がなかったので、
ご飯とお味噌汁、ハンバーグの周りにあったキャベツとかをいただき、
ハンバーグだけキレイに残すという
とても失礼な残し方をしてしまいました。



午後はテントの組み立ての練習です。
バイトのときに男性軍が分解しているのを見て、

めんどくさそ〜
っと思ったあのテントです。
でも、うちのクラスの方々は積極的なのが多く、
あんまし手を出さずにいたのでそんなに面倒じゃなかったです。
屋根が出来上がって、いよいよテントを立てたとき、
事件は起こりました。
思いっきし指を挟んだ根岸。しかも、抜けない。
バチが当たったんですかね?
そばにいたゆりごんが助けてくれたし、
軍手してたから別にケガもしなかったんですが、
痛かった・・・(ノ_・、)


アーテントも見せてもらいました。
機械で空気を入れると、バフッと勢いよく立ち上がり、
あっという間に完成してしまいました。
発明って素晴らしい。
中に入ってみると、予想を裏切ることなくクソとても暑い。
外に出たときの涼しさといったら、炎天下なのにまるで天国
あとは発電機を実際に起動させてみました。
なんかもういちいち左利きですとか言うのが面倒で、
とりあえず右でやったらやっぱりやりにくかったです。力入んないし。
意外と力が必要で驚きました。



そこまでやってようやく室内での講習の時間。
汗だくになった体を冷房で凍えさせながら、
10人の仮想ケガ人をグループのみんなでトリアージ
こいつは絶対黒だろ
ってペーパーだと簡単に切り捨てられます。
出血性ショックの人と脳出血の人、
どっちを優先するかではかなり悩みました。
こんな責任の重い仕事、トリアージなんて
やりたくないなぁと思った瞬間でございました。
話し合った後は発表。みんな大体一緒で、
ケーキ先生の授業が身についている証拠でしょうか。
救外の看護師さんともほとんど同じ結果になりました。
やっぱり看護師さんの意見は、
根拠がはっきりしてるし、一言一言におおっと感動。
そんで、
次々と出てくる専門用語を理解できる自分にもおおっ♡なんて。



そして部屋でひと寝入りしてから夕食へ。
バイキング形式だったので、ご飯とお味噌汁だけいただき。
なしてこんなに食欲が落ちてるんでしょうかね?
当然誰よりも早く食べ終わり、
でも帰っちゃいけないような雰囲気だったので、
ヒマをもてあまして座ったまま入眠。
電車通学者なんでそれくらい朝飯前です。
夕飯後ですが。
ご飯の後はなっちゃんとベランダで夏の夕方を楽しみ、
夜の講習です。
日航機墜落や阪神大震災の救護に行った先生の体験談を聞きました。
かなりいい話がたくさん聞けました。
こんな根岸だけど、救護活動にはいつか参加してみたいです。



これで1日目の講習はおしまい。
あとはのんびりとスキなように過ごしていい時間。
みんなお菓子を食べながら盛り上がっているとなりで、
旅館とかにある板の間みたいなところで、
障子をぴしゃりとしめてひとりボーっとしていた協調性のない私。
そしてお風呂の時間。
どーしてもひとりじゃないと入れない理由があったため、
あんなに汗をかいたのに断念。気分も沈みます。
布団を敷いて、いよいよ恋のお話タイム。
話をするのが面倒だった協調性のない私は、
布団からはずれて部屋の隅っこでかけ布団をかぶってぼんやり。
そのまま寝ちゃいたくて、そっとしておいてほしかったのに、
誰かがやたらとかまってくれるもんだから、
あるときぷっつんして部屋出を決行。
ロビーのソファに座ってまたしてもぼんやりしておりました。
そのロビーは、お泊り保育の幼稚園児集団の部屋の前だったので、
トイレへ起きた幼稚園児に、
あそこでひとりでお泊りしてる人がいるね
なんて言われてしまいました。
子どもはとっても正直です。
12時頃に部屋に戻り、なんかぐっすり眠れなくて
寝たり起きたりを繰り返しながら朝を迎えました。
寝ながら泣いてたのか、目やにがびっちりついていて
目を開けることができませんでした。
目の下を指で引っ張ってようやく開眼。
2日目のスタートです。



朝はラジオ体操からスタート。
腕をまわせば肩がバキッ
体をそらせば腰がボキッ
哀しくなりました。
そのあとは朝ごはんで、今朝はお味噌汁と牛乳。
そして納豆♡
ごはんはいりません。
みんなにそんなんじゃ足りないよって言われたけれど、
いつもは一切口にしないんで多い方なんです。
やっぱり納豆はおいしい♬



そして今日は救護実践の日。
みんなで救護員やら被災者やらを体験します。
まずはボランティア役をやりました。
ケガ人に応急処置をして救護所へ連れて行きます。
プリティーやすかちゃんとペアを組んで、
足が変な風に曲がって痛みを訴えているゆっきーのもとへ。
骨折か、はたまた捻挫か。
分かんないのでとりあえず骨折の固定をして搬送。
あとは手当する人がいなかったので、
ひたすら担架搬送を手伝っていました。
なんか歩けるような軽症の人ばっかり
さっさと救護所に連れて行かれて、
担架搬送が必要な重症の人が後回しになってて、
トリアージができてなかったです。
ゆっきーの件は後で聞いたら、アキレス腱断裂だっていうし。

全然違うじゃん
やっぱりまだまだですね。


次は救護員役。
救護員は医師と看護師長と看護師と事務役があって、
せっかくだから気持ちだけでも医師になってみたかったのですが、
それは救外の看護師さんの仕事。
なので、これが1番向いてるだろうということで
事務役をやりました。
たぶんこれから先経験することはないだろうと思ったのも
理由のひとつなんですけどね。
看護師になるハズですから。
そしてもうひとつ。
これはまた後ほど・・・
私の場合の事務役は、運ばれてきたケガ人に
名前やケガしたときの状況を聞き、
それをトリアージ医師という
トリアージのみを担当する医師に伝えます。
みんな名前に凝っていて(?)
60歳の深田恭子とか30歳のキミマロとか
見ていた講師の方々も半笑いな名前が次々に出てきました。
お仕事の方は、なかなかうまくできず、
名前しか聞いてなかったりとか、
ケガの状態だけでどうやってケガしたかを聞き忘れたり、
もうダメダメ。
運ばれてきた人の名前をボードに貼ったでっかい紙にも
書かなきゃいけないのに全然書けないし、
挙句の果てには
両目を覆われてるのにひとりっきりにされてる人がいて、
その人につきっきりで自分の仕事ができなくなっちゃって、
やっぱりダメダメ。
夢が崩れていく音って、こんな感じかしら、みたいな。
でも事務役もなかなか楽しいことを知り、
別の理由もあって、
転職しようかと思いました。


次はケガ人役。
そんなこと言ったら大根に失礼なくらい
大根役者な根岸には1番しんどい役回りです。
私の選んだ設定は、
頭をケガしてて、
意識清明だったのがだんだん発語が減って
最後には痛み刺激に反応するだけになってしまう20歳の女性。
加藤愛だの井上和香だのエリザベスだのジョナサンだの
散々迷って名前をリカちゃんの双子の妹香山マキ(たぶん)に決めて、
いよいよ始まり始まり。
ボランティアさんに助けを求め、名前と年を言い、
ボランティアさんの、何があったんですか?という問いに、
そういえばなんでケガしたのか忘れてしまった私は
とりあえず意識消失。
そして初めて担架にライドオン。
とってもゆっさゆっさしてて、
車では本を読んでもなんともない私ですが、
ちょっと酔いそうになりました。
担架からベッドに移されるときは、
なんだか持ち上がんなかったみたいで、
毛布に乗せられて移動させられました。
なんだか無性に哀しくなったとです・・・
でもこんなに快適じゃないということが分かって、
担架に乗ったのはいい経験でした。
もう少しやせようと思います。



あとはまたまた汗だくになった体を冷房で凍えさせながら
まとめをしてすべて終了。
淋しくって死んじゃいそうな気持ちを胸に駅へと向かいます。
理由は後ほど・・・


やっぱり災害看護は楽しいですね。
自分の技量のなさに1度は諦めかけた道ですが、
やっぱりガンバろうと心新たにした訓練でした。